城咲仁の過去の偉業や現在は?写真付きで徹底解説!【元ホスト界の帝王】
出典: アメーバブログ
『城咲仁』はホスト界の元祖帝王として、今現在も伝説として語り継がれている存在です。ホスト時代の偉業もさながら、突然の芸能界転身で世間の話題をさらいました。
そんな城咲仁はホスト時代にどんな偉業を成し遂げたのか、また、現在はどんな活動をしているのか、イケメン城咲仁の写真付きで徹底解説したいと思います。
城咲仁のプロフィール
出典: officialブログ
城咲仁は東京都板橋区出身、本名は岡山純一。1977年生まれで、2019年現在41歳未婚です。
両親が中華料理店を経営しており、とても人気のある中華料理屋さんだそうです!
城咲仁のホストとしての経歴
現在はホストを引退し、芸能界で活動している城咲仁ですが、ホストとしてはどんな経歴を持っているのでしょうか。
バーテンダーを辞めホストに転職
城咲仁がホストになろうと思ったキッカケとなったのが、前職のバーテンダーとしての経験なのだそうです。
城咲仁はホストになる前はバーテンダーの仕事をしていて、バーテンダーの仕事を通し、「もっと接客業を学びたい」「将来飲食店を経営したい」と思うようになり、ホストに転職することに至ったそうです。
そして21歳の時、新宿歌舞伎町の超有名ホストクラブ「クラブ愛」に入店しました。
わずか2ヶ月でNo1になり5年間その座を守り続けた
城咲仁は「クラブ愛」に入店後、わずか2ヶ月でNo1になりました。しかも、その座を5年間も守り続けたという偉業を成し遂げています。
ホストクラブ激戦区の新宿歌舞伎町で、さらに超老舗有名店でこの偉業は伝説と言って良いでしょう。
それに加え、城咲仁は「決して枕営業をしない」スタイルを貫いていました。「接客業を学びたい」という理由でホストになった城咲仁は、まさに接客業の道を極めたと言えます。
ホスト時代の最高年収は1億円以上だった
新宿歌舞伎町の有名店で5年間もNo1を守り続けていたとなると、気になるのがその年収です。ピーク時の最高年収は、なんと1億円を超えていたのだとか。
城咲仁は当時を振り返り、「後輩と飲みに出かける時はヴィトンの財布ごと後輩に渡していた」など、当時の異常な金銭感覚についても語っています。
突然のホスト引退・芸能界に進出
そんな城咲仁はホストデビューから5年後の2005年、突如としてホストを引退しました。
ホストブームを巻き起こした城咲仁は、雑誌やテレビなどにも頻繁に登場していた為、ホスト業界からお茶の間まで、多くの人に衝撃を与えました。
また、「引退とほぼ同時に芸能界に進出」というスピード転換にも注目が集まり当時は注目のマトでした。
電撃引退と芸能界進出の理由は?
出典:ameblo.jp
歌舞伎町の「クラブ愛」でNo1をキープしていた頃は、一晩で2,500万円稼ぐこともあったそうです。
その当時は、城咲仁という存在自体が「偶像崇拝」されているような状態で、お酒を飲み、呼吸をするだけでお金になったそうです。
そんな異様な生活から、ホストの世界では十分仕事をやりきったという実感がわき、今度は芸能界でNo1になることを目指して芸能界進出を目指しました。
TVのレギュラー番組はピークで7本
2005年に「元カリスマホスト」という肩書きで芸能界入りを果たした城咲仁は、その経歴を生かしたトークでバラエティー番組に引っ張りだことなりました。
バラエティー番組だけではなく、ドラマや映画にも出演し、俳優としても活躍していました。バラエティー番組は、人気絶頂期にはレギュラー番組7本も抱えていたほどの売れっ子芸能人となりお茶の間を沸かせました。
約2年間でTVの仕事が無くなった
出典:ameblo.jp
しかし残念ながら、その人気が長く続くことはありませんでした。
「元カリスマホスト」として、ホストネタや女性の口説き方など披露していましたが、2年ほどでネタ切れに。その頃からテレビで城咲仁を見かけることがなくなってきました。
移り変わりの激しい芸能界で生き残るということは並大抵のことではないのですね。
有吉反省会の番組企画として10年ぶりにホストとして復活!
テレビであまり見かけなくなった城咲仁ですが、2015年の7月に放送された「有吉反省会」の番組企画に登場しました。
その企画は、約10年ぶりに「新人ホスト」として現場に復帰するというもの。城咲仁は「元ホスト」という肩書きが有名なので、極力身元がバレないように、舞台は歌舞伎町ではなく、埼玉県にあるホストクラブが選ばれました。
平均年齢が22歳という若めのホストクラブに、新人ホストというテイの37歳の城咲仁が10年のブランクを背負って入店するという設定に、最初は緊張していました。
10年経っても元No1ホストの才能はそのまま健在
しかし、一度席につくと、「元ホスト」城咲仁は瞬く間に「現役ホスト」としての才能を発揮し始めます。
骨身に染み付いた所作が、自然に振舞われ、すぐに女性の心を掴みました。最終的には「大好きになっちゃった」「大人の余裕があり格好いい」などとべた褒めされていました。
snsで話題に!
また、城咲仁公式アカウントのInstagramとアメブロも非常に注目されています。
2006年に女優の黒木瞳さんと舞台で共演して以来、黒木瞳さんとの仲睦まじい様子が伝わる写真が年に一度投稿されていて、その写真を楽しみにしている人も多いんだそう。
また、各界の著名人とのツーショット写真も多く投稿されていて、城咲仁の交友関係にも注目が集まっています。
城咲仁の現在は料理キャラ!?
2005年近辺からバラエティー番組などで見かけなくなって以来、メディアから遠ざかっているように見える城咲仁ですが、現在はどのような活動をしているのでしょうか。
『フードアドバイザー』として活躍中
城咲仁は現在『フードアドバイザー』として大活躍されています。先述した通り、城咲仁は実家が中華料理店を経営していることもあり、幼少期から家業の手伝いなどをされていたそうです。
三つ子の魂百までとはよく言ったものですが、そんな生い立ちの影響もあり、ホスト時代からも大変な料理好きとしても、有名だったのだそうです。
そんな城咲仁は持ち前の料理という特技を生かし、現在は『フードアドバイザー』として活躍されています。
料理界にも伝説を残す城咲仁
出典:ameblo.jp
「カリスマホスト」としてホスト界に数々の伝説を残した城咲仁は、料理界にも数々の伝説を残しています。
城咲仁が「フードアドバイザー」の有資格者としてテレビショッピングチャンネル「QVC」に出演すると、売れ行きが好調のようです。
持ち前の料理という特技が活かせるだけではなく、ホストの世界で身につけたトーク術やパフォーマンス術が戦力になっているようです。
数々の資格を持つ努力家
元来の凝り性という気質もあり、「ヘルシー&ビューティーフードアドバイザー」「雑穀マイスター」「薬膳インストラクター」「ジュニア・スーパーフードマイスター」などといった資格を次々に取得し、仕事に役立てています。
多くの知識で、あらゆる方面から視聴者様に魅力を伝えられると感じ、多くの資格を取得したそうです。テレビ番組で結果を残した背景には、たくさんの彼の努力が詰まっているからなのですね。
料理教室も大人気
テレビショッピングチャンネル「QVC」に出演するだけではなく、直接生徒さんと触れ合うことができるように、と料理教室も開催しています。
料理教室に参加されている女性の多くが、城咲仁の包丁さばきに思わずうっとりしてしまうそうです。
1年以上かけて開発したオリジナル商品も発売
出典: QVC
また、城咲仁は商品開発にも取り組み、オリジナルのタレ「漸(ZEN)」を開発しプロデュースしました。
このオリジナルのタレは、実家の中華料理店で使っている秘伝のタレを参考にし、城咲仁が1年以上もかけて改良に改良を重ねて開発した商品で。大変美味しいと人気だそうです。
自伝の料理本も出版
出典: amazon
また、城咲仁自伝の料理本「城咲仁の300円以下簡単アレンジレシピ」を出版されています。
この料理本は多くの女性に城咲仁の魅力を伝えただけでなく、本の出版で再びメディアから注目されることになり、テレビへの出演も増えたそうです。
実家は有名な中華料理屋
先述している通り、城咲仁の実家は創業50年を誇る、東京板橋にある有名な中華料理店「丸鶴」です。最近では城咲仁もお店に立って腕を振るうこともあるそうです。
人気番組やメディアでも取り上げられる絶品チャーハン
そんな城咲仁の実家が営む中華料理店での名物が「チャーハン」なんだそうです。なんと、チャーハンとチャーシューの割合が1:1なんだとか。
贅沢に具を使うことで食べ応えが抜群なだけでなく、お米と油のバランス、また整った味つけなどが「絶品」と評されています。
まとめ
今回は「元カリスマホスト」城咲仁の過去と現在について徹底調査しました。
枕営業ゼロで、老舗店「クラブ愛」で「5年間No1」を守り続けるその実力は、努力家の城咲仁だからこそ成し遂げられたことが分かりました。
その後の芸能活動では、浮き沈みがありながらも、現在は特技の料理と、ホスト時代に培ったトーク術、パフォーマンス力を生かして「フードアドバイザー」として活躍していることも分かりました。
実家の中華料理店に立つこともあるそうなので、気になる方はぜひ足を運んでみてくださいね。