【group BJ ONE’S CREATION 2020年2月度ナンバーワン】椿鳴代表代理×一条ヒカル社長・horeruスペシャル対談

普段メディアからは到底見える事のない、No.1ホストの素顔や真の魅力を追求する本シリーズ。

今回お届けするのは、『group BJ ONE’S CREATION/ワンズクリエイション』2020年2月度No.1を獲得した『椿鳴/つばきなる』代表代理と、一条ヒカル社長の対談です。

『CLUB ARTIST / クラブ アーティスト』の顔とも言える椿鳴代表代理。彼が普段なかなか見せないであろうパーソナルな部分に一条ヒカル社長が迫り、「本当の素顔・真の魅力」を探ります。

2月度BJ ONE’S CREATION No.1

『CLUB ARTIST / クラブ アーティスト』の椿鳴代表代理は、入店からたったの1年半で年間売上1億6000万円を突破し、2019年度のグループの年間売上記録も更新するという、華々しい記録の持ち主です。

そんな椿鳴代表代理と、管轄トップで現在では実業家としても名を馳せる一条ヒカル社長。互いを強く信頼し合う関係であるこの二人が改めて対談する時、どんな話が飛び出すのでしょうか。さっそくその様子をお送りします。

BLACK DIAMOND CLUBに未経験者として入店

一条ヒカル社長(以下、ヒカル):
『まずこの記事をご覧になっている皆様に自己紹介をしましょう。出身はどこですか?』

鳴代表代理(以下、鳴):
『僕は北海道出身で、大学院まで行った後に上京しました。group BJには2018年の5月に、BLACK DIAMOND CLUB立ち上げの時に入店しました。』

ヒカル:
『そうだったね。僕から紹介すると、入店から1年6ヶ月で1億6000万円を売るという、歌舞伎町初の快挙を成し遂げたんです。これって本当にすごいことなんですよ。未経験でこれだけの売上を出しているのって、鳴くらいなんですよね。』

『そんな彼がどんな人生だったのかというのを、今回は聞きたいなと思っています。小学校の時の記憶とかある? 何が好きだったとか、どういう友達がいたとか。』

鳴:
『僕は体が弱くて、喘息持ちだったんです。大きな大会に出るまで陸上は頑張ったのですが、小学校の頃は走るのは苦手でした。サッカーもやっていたのですが、サッカーって最初にウォーミングアップをするんですよね。そのアップでのランニングが一番苦手でした。(笑)』

陸上部で培った精神力

鳴:
『自分でも不思議なんですが、なぜかそんな僕が中学生になったら陸上部に入ろうって決めていたんですよね。憧れの人がいたとかいう事もなかったのですが、何かに導かれて陸上を始めました。』

ヒカル:
『運命だね! 実は僕も陸上してたんだよね。小学校の時足が早かったから、マラソン大会も運動会も1位で。足速いやつってモテたじゃん?(笑)そんな理由でやっていたんだけど、中学で陸上部に入ったら、周りは成長期でどんどん身体が大きく足も速くなっていったんだけど、僕だけみんなに抜かされていって勝てなくなって。それで拗ねて辞めた。(笑)鳴は中学校の時の成績はどうだったの?』

鳴:
『このタイムを切ったら全国大会に行けるという、「表彰記録」というものがあったのですが、そのタイムは切っていました。ただ、ギリギリだったので全国大会には出た事はありません。』

ヒカル:
『すごいじゃん! 部活の時はどのくらい練習してたの?』

鳴:
『毎日腹筋300回していましたね。毎日夜ご飯の後に夜練も一人でやるようになってから、タイムが伸びていきました。』

ヒカル:
『陸上本気でやったことない人って、足が速くなる感覚ってわからないじゃん?ちなみに陸上をやる人で最初足が遅い人もいるの?』

鳴:
『僕も最初は全然速くなかったんです。小学生でリレーの選手の補欠くらいの感じで。遅くはなかったんですけど、特別速いわけではなかったです。』

『感動と一期一会』

ヒカル:
『陸上って不思議だよね。だって、そもそも足が速くなかったら始めようって思わないじゃん? 訓練で速くなるの?』

鳴:
『それが速くなるんですよね。速く走れた時って、すごく気持ちが良くて。勝手に体が前に進んでいくんです。タイムは人それぞれなのですが、自分の中で速く走れる時は絶対にあるので、そういう時は身体がどんどん前に進む感覚が気持ちよかったのを覚えています。』

ヒカル:
『今日乗ってるな?みたいな?』

鳴:
『はい。調子がいいなっていうのは自分でわかります。これは自分にしか分からない感覚ですね。』

ヒカル:
『例えば野球だと、ヒットを打つ感動って実感できるじゃない? 今までずっと三振していたのに、ヒットを打てたっていう感動があって、でも陸上は視覚できる感動って少ないと思うんだけど、どう?』

鳴:
『いや、それがあるんですよね。微々たる差なのですが「今の走り良かったな」っていう瞬間が絶対にあるんです。ただこれは陸上をやっている人にしか分からない感覚かもしれません。』

鳴:
『僕の好きな言葉に「感動と一期一会」という言葉があって。人間は絶対に同じ走りって出来ないんですよ。例えば100Mを走るのに、歩幅も違うし、秒数もコンマ単位で必ず違うんです。一回の走りには、一回の感動と一期一会があって、その瞬間にしか味わえない感動が陸上にはあるんです。僕はそれが今も心の指針になっています。』

ヒカル:
『今の仕事に通じるところもあるよね。今聞いてわかったよ。それで、中学から高校に進学した時は陸上の推薦だったよね。ちなみに勉強はできたの?』

鳴:
『勉強は全然です。(笑)クラスで言うと下から数えた方が早いくらいでしたね。そのくらい陸上に没頭していたので、勉強はあまりしませんでした。テストの前日さえも夜に陸上の練習をしていたくらいですから。(笑)陸上で食べていくと決めていたので。』

陸上選手からホストに転身

鳴:
『僕、中学の頃に20歳になった時に届けるよと言われたタイムカプセルがあって、それを担任の先生に見せてもらったんです。その頃から陸上で食べていくと書いてあって、20歳になった時も同じ気持ちでした。高校も地元だったのですが、練習をしたいので寮に入ったんです。弟がいたので、実家にいると弟とすぐに遊んじゃうんですよね。』

ヒカル:
『大学まで陸上をやっていたんだよね? 辞めるきっかけは何だったの? 確か北海道記録も持っていたよね?』

鳴:
『国立競技場で次で決勝で走れる、というところまではいけたのですが、24歳の、大学院の2年のときに怪我をしてしまったんです。肉離れですね。全く走れなくなった訳では無いのですが、競技では勝負はできなくなってしまいました。』

『どんなに身体の状態がよくても、筋肉の怪我はしてしまうので、運的なものもあったと思います。例えば、世界的に有名なウサイン・ボルト選手も最後に出場したリレーの途中で肉離れを起こしてしまいましたし。』

ヒカル:
『怪我をしたあと、サラリーマンなど他の道に進む事は考えなかったの?』

鳴:
『2ヶ月くらいは考えましたね。でも陸上しか見てこなかったので、やりたい事が何もなくなってしまったんです。』

ヒカル:
『でもそういう人ってたくさんいるはずなんだ。例えば、野球選手でもサッカー選手でも、スポーツだけでご飯を食べている人は一部だけだと思う。身体の故障でその夢が絶たれるわけじゃん?そうなった後の人生って事だよね、鳴は。』

鳴:
『全員がオリンピック選手にはなれないじゃないですか?僕のやっていた種目は、400Mといって、自分の持って生まれたバネだったり筋肉よりも、自分の努力が結果に直結しやすい種目だったんです。』

『自己分析して、自分の長所と短所を捉えて練習して活かしてというのが顕著に出る種目で、そこが好きでやっていたんです。なので、自分が努力した分、応えが返ってくるという仕事はしたいなとは思っていました。』

ヒカル:
『自分の能力が試される仕事がしたかったんだね。そこから何故ホストクラブに入店する事に決めたの?』

鳴:
『AbemaTVを見ていた時に偶然ヒカル社長が出たんですよ。(笑)本当に偶然で、AbemaTVのチャンネルをスワイプしていたら、当時「買えるAbemaTV社」という番組に社長が出演されていて。』

鳴:
『カッコいい人だなと思ったのですが、何をしている人かが分からなくて、調べたらホストだったという流れです。こんなにカッコよく、真面目に話をしている人がホストなんだ? っていうギャップで興味を持ったのがきっかけです。その番組を見ていなかったら多分入店もしていなかったと思います。』

ヒカル:
『ちなみにそれまではホスト業界は全く興味はなかったの?』

鳴:
『多分何かの動画でホストのことは見たことはあったくらいですかね。見ている分には面白いと思いましたが、まさか自分がやるとは思いませんでしたね。(笑)できないと思いました。』

ヒカル:
『でもその後僕に電話してきてくれたんだよね。 確か19時とか20時とかだったと思う。(笑)その時BLACK DIAMOND CLUBのプレオープン中だったかな。「北海道から上京しようと思っています」って。』

『「東京に面談に来て」というわけにもいかないので、電話面談をして、プロフィールを送ってもらって、「やりたいならおいでよ」という感じだったかな。』

鳴:
『そうでしたね。(笑)春から就職しないといけない時期で、そのタイミングでした。』

椿鳴の恋愛事情

ヒカル:
『学生時代、彼女はいたの?』

鳴:
『初めて彼女が出来たのは中学校の頃です。同級生で同じ部活の子で、僕から告白しました。その子には振られちゃったんですけどね。(笑)公園に呼ばれて振られて、めちゃくちゃ泣きましたね。』

『ちょっとしたエピソードがあって、振られた次の日がその同じ公園で陸上の練習だったんです。ひどいですよね。(笑)』

ヒカル:
『振られた時はどう思ったの? 例えば落ち込んで何も手がつかなくなったとか、逆に陸上に没頭したとか。』

鳴:
『僕は逆に練習に励みましたね。』

ヒカル:
『振られた話って、結構従業員にも聞くのね。なぜかって言うと、振られた状況って人間性が出やすいから。例えば執着してダメな人間になっちゃったりとか、無機質に何もしたくなっちゃったりとか。僕は振られた子を見返したいと思うタイプだったから、よりいい男になってやろうと思って、何かに没頭したり。鳴も同じタイプかな。』

鳴:
『そうなんですかね。(笑)』

ヒカル:
『一番長く付き合ったのは?』

鳴:
『そんな僕の学生の頃の恋の話なんて聞きたいですか?(笑)大学生の頃に付き合っていた彼女とは2、3年付き合いましたね。』

ヒカル:
『その彼女はなぜ別れちゃったの?』

鳴:
『陸上に集中したかったのが一番の理由です。お付き合いをしていた相手も陸上で北海道記録をもっていた子で、最初は一緒に陸上頑張ろうね、と言う感じだったのですが、いつからか、すれ違うようになってしまいました。』

『その時に僕も小さい怪我をしてしまって、陸上で伸び悩んでいたんです。環境と人のせいにして陸上を蔑ろにしたくなかったので、その方とは上手くいかなくなっちゃったんです。』

ヒカル:
『やっぱり陸上が一番だったんだね。』

最初はブランドも知らなかった

ヒカル:
『じゃあ鳴がホストになってからの話にしましょう。最初は鳴はオシャレを知らなかったよね。(笑)』

鳴:
『そうですね。部活ばっかりだったので、ブランドも知らなかったですし、知っているブランドと言えばノースフェイスだけでした(笑)』

ヒカル:
『そんな鳴が1年半で売ったのは、人間性で売れたというのが証明できたよね。僕も見ていてストイックだなというのはすごく感じた。遅刻もしないし、睡眠時間もけずって仕事していたのを見ていたし。』

『ホストの業界はもちろん、売れる人もいれば売れない人もいる。それは、見た目がカッコいいとか、ファッションに気を遣っているとか、モテる要素があるかないかじゃなくて、そもそもビジネスの基本としてある、「やらなきゃいけない事をきちんとやっているか」だと思うんだよね。』

ヒカル:
『「最低限これだけやる」というラインを増やす人が売れる人の特徴で、それを鳴は実践してきたなって。』

鳴:
『僕はオープニングメンバーで入ったのですが、最初は同期に負けていたんです。同期はお客様を呼んでいるけど、僕は呼べないとか。同じテーブルに着いても、盛り上げられないとか。僕はすごく負けず嫌いなので、最初の3ヶ月くらいは本当に毎日泣いていましたね。10倍以上差をつけられていたので。』

ヒカル:
『そこで諦めなかったから今があるんだよね。』

鳴:
社長に毎日アドバイスを聞きに行っていたんですよね。そこで「お前はやることはちゃんとやっているから、そのままで大丈夫だよ」と言って頂いたのが励みでした。』

ヒカル:
『鳴が売れるなと思ったのは、正しい努力の仕方をしていたから。いずれ結果は出るって信じていたよ。』

トップホストの責任

鳴:
『もしかすると、努力の方向性というのは、陸上に通じるものがあるかも知れません。短距離の選手が砲丸投げの練習をしても、近道ではないじゃないですか?
やっている競技に対してまっすぐ進む道があるかどうか、陸上をやっていた頃から追求していた事ではあったので。』

ヒカル:
『じゃあリンクする事があったんだね。例えば結果が出ない人って、先輩に聞かないけど、「僕は努力しています」っていう人が多いんだよね。でも鳴は違ったじゃん? いつも「僕はこうしていますが、合っていますか?」っていう確認をしてくれていたもんね。』

鳴:
『そうですね。最初は社長にずっと相談していました。(笑)』

ヒカル:
『そこでつまずいている人って多いよね。それで自分には才能がないと思っちゃったり、自分には原因がないから環境のせいにして、お店のせいにして移籍しちゃうとか。そこから1億円を売った要因はなんだったと思う?』

鳴:
『一番はついてきてくれる従業員がいたという事です。お店の中でトップという立場を頂いたのが大きいです。』

ヒカル:
『BLACK DIAMOND CLUBではナンバー1を取り続けてたよね。でもナンバー1って孤独で、評価の対象がなくなってきて、これ以上成長する為には何をすれば良いか見えなくなってきてしまう。だから責任ある立場に椿鳴を就任させるというのは意識したかな。BLACK DIAMOND CLUBのナンバー1をARTISTに異動させるって相当な賭けじゃん?』

鳴:
『はい。でも僕がARTISTに異動した結果、どちらの店舗にも良い結果になったので、社長の采配のおかげだと思っています。』

ヒカル:
『責任感ってナンバー1が一番必要で。例えばナンバー1が無責任だったり、自分勝手だったりしたら、お店の雰囲気が悪くなっちゃうじゃん? でもナンバー1が一番お店の事を考えていたり、従業員の事を考えていたらお客様に愛されるじゃん? これがこの業界の一番の勝ち方だと思う。』

椿鳴、目標は2億円プレイヤー

ヒカル:
『最後に2年目を迎えるにあたって、今後の目標は?』

鳴:
『自分の中で決まっているのは、年間2億円プレイヤーになってグループNo1になることです。去年は1億6000万円の売上で、嬉しかったのですが、悔しい部分も正直あって、それは「group BJのNo.1は1億6000万なんだ」って思われるのがとても悔しくて。』

『でも2億円までいければ絶対に「2億なんだ?」と思われる事はないじゃないですか。今はグループの看板を背負わせていただいているので、今年は2億に到達して他を圧倒して、できればグループに恩返しをしたいです。』

ヒカル:
『会社の看板を背負えるという人が一番強いよね。このグループで、この店舗でやらないと意味がないと思っているプレイヤーが一番強い。自分のこだわりと生き方で結果を出せる業界ってすごく夢があるよね。だからこそ『椿鳴』の言霊は強いと思う。『椿鳴』伝説の第二章も期待しています。』

鳴:
『ありがとう御座います。』

編集後記

入店時からずっと椿鳴代表代理をそばで見守り育ててきた一条ヒカル社長。今回の対談では、鳴代表代理が当初ヒカル社長に毎日相談に行っていたエピソードなど、二人の歴史の深さも垣間見えました。

鳴代表代理が入店からたった1年6ヶ月で1億超のプレイヤーに成長することができたのは、「当たり前のこと」をコツコツ積み重ねることができる努力家であるということと、責任感の強さに起因しているでしょう。

常に自分にストイックに、お店と従業員のことを一番に考えるから、結果お客様に愛されて堂々のNo.1ホストに。陸上部時代に培った精神は、間違いなく今の鳴代表代理のホスト人生にも生きています。

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